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たそがれのくにで

by 森戸 麻子

 あたしが死体の前でぼうぜんとしてると、パトカーのサイレンが近づいてきた。チャイムが鳴る。

「こんにちは! こんにちは!」

 いるのはわかってるんだ、という調子で、おまわりが玄関でさけんだ。あたしはいそいでパジャマのズボンをジーパンにはきかえ、上には兄貴のパーカーをはおって、ジッパーをのどもとまでしめて、ついでにフードもかぶってから、ドアを開けた。

「こんにちは」とおまわりが言った。

 やな感じのおじさんだった。うちから激しい怒鳴り声がきこえるので迷惑だと、近所から通報があったそうだ。あたしは、すみません、もう終わりましたから、と言った。

「あなたは山内キミさんですね」とおまわりは言った。「今、山内タケルさんとお住まいですね」

「はい」とあたしは言った。

「なにでうるさくしてたの? きょうだいげんか?」

「ええ……」あたしはドアを閉めようとした。

「ちょっと待って。お兄さんとは話せますか?」

「いいえ」あたしは急いで言ったの。「今、ようやく寝たとこなんで、起こさないでほしいんです。兄は近ごろ昼間もお酒を飲むんです。うるさくしたのは謝ります。でもとにかく今はもうかんべんして下さい。あたしあいつが寝てる間にいろいろ片さないといけないんです」

 おまわりは、いかにも承知しているといった顔でうなずいて、しかし何か困っていたら必ず今日じゅうか、おそくとも今週のうちに、ここに相談に来るんだよ、と念を押して、あたしに名刺をあずけて帰っていった。DV被害者をたすける団体の名刺だった。

 タケルは寝ていた、というか、これからいっしょう起きることはなかったけど、それはあたしの知ったことじゃなかった。この家に放置してたらすぐにくさってとても困るだろうけど、こんな家になんの未練もないので、困るのはご近所の人と大家だけだった。あたしたちの家は借家だった。

 でも、考えてみたら、このままここを放りだして逃げると、あたしは毎日の宿がめんどうなだけでなく、どうせ数日でぜんぶバレてつかまっちゃう。そんなら今すぐケーサツに行って起こったことを話し、あたしがタケルを殺したのはひどいけど、しかたないことでもあったって、せつめいした方がよさそうだった。

 あたしはそう考えて、玄関にすわりこんで泣いた。泣いても泣いても涙がとまらなくて、わんわんギャーギャー泣いた。

 自首をする前に、もういちどだけ兄貴の死体を見にいこうと決めた。あたしは泣きつかれてカラカラな体で台所へ戻った。

 タケルの死体はどこにもなかった。

 あたしはぞっとして、回れ右して逃げだした。死体がないということは、まだ生きてたということで、まだ生きてたということは、次に死ぬのはあたしだった。だから、兄に見つからないよう、サイフとカードだけをひっつかんであたしは家をとびだした。バスを乗りついで街へ出て、必要なものを買い、ビジネスホテルにもぐりこんだ。バイトでためた貯金をくずしながら、兄のきげんがなおるまで一、二週間、ぶらつくことにした。二週間がひと月になり、ひと月が半年になり、一年になり、……七年になった。

 あたしは、海辺の村の嫁として暮らし、家事をしたりパートに出たり、夏は海の家を切り盛りしたりして、手がしわくちゃになるまで働いていた。あたしは子供ができにくい体質だと分かって、みんなに申し訳なかったけど、夫と夫の家族たちはやさしかった。むりしないでそれなりの人生を歩めばいい、あとつぎは他の兄弟んとこにできるさ、と言ってくれた。子を産める女に比べて、公平なあつかいとはいかなかったけど、他の人からあたしがそのことでイヤミでも言われた日には、義父母は自分がバカにされたかのように怒って、キッチリ言い返してくれた。それだけであたしは涙が出た。こんなことをありがたがっちゃいけないとは分かってたけど、やっぱり、ありがとうありがとうって思った。

 あたしが突然ケーサツに連れてかれたのは、そんな海辺の暮らしのまっさい中のことだった。

 あたしはケーサツで、七年前の「きょうだいげんか」のてんまつを一方的にしつもんされて、ただただ知ってることを話した。本当のことを話しても、多少のごまかしを入れて話しても、ケーサツの人たちは「ハーン。そういうことを言うんですね。このクズ女が」という顔しかしなかった。だからあたしはしだいに、自分の言ってることが何もかもあたしのつくりばなしで、あたしはクズで犯罪者なんだって気持ちになってきた。あたしは兄を殴って殺したことと、そのあと逃げたことを認めたので、タイホされて、弁護士と話した。弁護士の口から、ようやく、あたしはできごとの全体像を分かるように説明してもらった。

 七年前、あたしたちの住む借家の大家は、家賃がとだえたので兄に連絡しようとしたけど、連絡がつかず、家は無人になっていた。家具はすべて残っていたけど、貴重品は見あたらず、その後、戻る気配もないので、夜逃げしたと思って、色々な精算をすませて次の人に貸し出した。大家は保険に入っていたし、不動産関係の知り合いも多かったから、さほどのめんどうもなくすべて片付いたらしかった。

 ところが先月になって、近所の別な空き家がとりこわされると、その床下から白骨死体が出てきた。調べがすすむと、この骨はあたしの兄、山内タケルのなれの果てだと分かった。それで、ケーサツは今になって急にあたしを逃亡先からつれ戻すことにしたのだった。

「今回のタイホは、不当なものと思われるので、すぐにあなたは出られるはずです」と弁護士は言った。

「フトウってなんですか」

「まちがった手続きということです。あなたはお兄さんの死の状況にかんして何も知っている様子がないし、発言が一貫していて、しかもそれを裏付ける証拠もあります。なので、あなたをまるで犯罪者であるかのように決めつけてひどい扱いをしたケーサツは、ひどいということです」

 ケーサツがひどいなんていうあたりまえのことを、そんなに理路整然と話す弁護士を、あたしはバカだなあと思って笑った。

 あたしは弁護士の力ぞえもあってケーサツから解放され、兄の葬式もなんとか終えることができて、ひとまずひどい非日常から脱出したけど、もう海辺の夫の家には戻れなかった。あたしと、夫と、義父母は、互いに何度も謝り合った。みんな、それぞれ自分にも原因があり、相手にも良くないところがあると感じていた。だからあたしたちは少し涙ぐみながら、さよならではなく、ごめんなさい、失礼しますね、と言って永遠に別れた。

 ケーサツの見解では、タケルはあたしになぐられて気を失ったあと、息をふきかえして自分で、または誰かに連れられて家を出て、その後、近所でもう一度何か災難にあって、死亡して白骨になったはず、とのことだった。その当時近所に住んでいた人たちは、みんな病死したり事故死したりしてこの世におらず、どうにも調べようがなかった。辺りは転勤族の住む借家ばかりで、近所づきあいはうすく、七年前のことなんて知る人はほとんどいなかった。そもそも、当時このあたりに大量の転勤族を呼び込んでいた化学工場の会社が、事業を解体して社員を切ったから、大勢のご近所さんがてんでバラバラにこの地を去ってしまっていた。事件は迷宮入りまっしぐらで、あたしもそれを望んでいた。

 あたしは日々、飢え死にしないように生活を守るのが精いっぱいで、何も考えるひまがなかった。海辺のくらしに慣れていた身に、都会の冷たい生活はつらかった。誰もあたしのことなんか知らず、気にかけておらず、おぼえてもくれなかった。非正規での仕事しかなかったので、ちょっとした病気をするたびに解雇されて、ゼロからやりなおしだった。休みがほしかった。日々のやかましいくらしの中で切れ切れにもらう休日じゃなく。ゆっくり考えたり眠ったりできる休みがほしかった。みんなそう言っていた。あたしの周りで、あたしと同じようにもがいてくらすふつうの人たちが、休みたい、何もしなくていい時間がほしい、この国はどうかしている、とくちぐちに言っていた。

 あたしたちのそんなわがままな願いは、予想してなかった形でとつぜんかなえられた。

 あの大災害がやってきて、あたり一帯のすべての者のふつうの生活を、強制的に消し去ってしまったのだ。

 ひなん所で、あたしたちは数日間は、日常が存在しない生活に慣れなかった。思わぬ休日をもらったことを喜んでみたり、むりに悲しむ材料を探したりした。一定時間ごとに食料が配られた。プライバシーはあまりなかったけど、やましいところのない人にとっては、それはあまり苦痛じゃなかった。

 何日か経つと、頭の中で思いつくことのネタが尽きた。あっけなかった。あたしは自分の頭の中に、考えても考えきれないほどたくさんの記憶や、悩みごとや、知識みたいなものが入ってるはず、と思ってた。限られたことしかできないスマホですら、何メガ、何ギガ、というメモリをもっているんだから、あたしにだってそんなふうに、いままでの人生でためこんだ何かがつまってるんだと思ってた。けれどあたしの頭の中には、たった四日間だらだらしてただけで全部考えおわってしまうくらいのものしか入っていなかったんだ。

 それからは長い長い孤独の時間になった。あたしはひなん所の中で、しっくりするイスを求めて毎日うろうろした。誰かに話しかけられても、傷ついてるふりをして無視した。

 ついに、廊下のカドにお気に入りのイスを見つけて、それから毎日あたしはそこにすわった。目のまえをたくさんの人が通りすぎていった。みんないつも会話に飢えていて誰とでも何でも喋りたがった。話題が見つからなければ無理にでも見つけてきて喋ろうとした。あたしみたいに一人で座って黙っている奴は、近よりがたい変人と思われた。なんなら病気か、ひどい障害のある人と思われた。みんなあたしを遠目でみるだけだったけど、食料は誠実に分けてくれた。気のどくがっていたのかもしれない。

 あたしはあんまりにも世の中を「完無視」していたので、そいつがあたしの友だちづらをして近づいてきたときも、ほとんど気づかなかった。ふと我にかえったらそいつはもう、いた。あたりまえのようにあたしの隣に、自分でもってきたイスをおいて座り、何かを言おうと、または聞こうとしていた。

「お兄さんのこと、何か覚えてたら話してくれません?」彼はけっこうずけずけと物を言った。若くて細い腕をした色白の男だった。日本人顔だけど、髪を金に染めて、カッコウつけていた。それがわりと似合っていた。

「暴力男だったの。アル中でパチンカス。サイテー」

「小さいときから?」

「小さいとき?」あたしは目と口をぽかんと開けてしまった。その時、急に、いつからこの若者はあたしの隣に友だちづらで居座ってんだろうと思った。

「子供のときから一緒に育ったんでしょう?」彼はきれいな首を少しだけかしげた。

「そうね。でも、物心ついたときには一緒に遊ばなくなってたし。うちは共働きだったから、夜おそくまで外にあずけられてたの。そのあいだはそれぞれの友だちや先生とすごすから……兄貴といっしょに家に帰るころには、あたしはもうれつに眠くて、ほとんど口もきけなかったの」

「じゃあ、もしかして、お兄さんがどんな人なのかあまり知らなかった?」

「何言ってんの。知ってたから昼間避けてたんだよ。あいつはほんとクズのドキュンだったよ。死んだ人にこんな言い方悪いけど、ほんとに……」あたしはその先に言いたいことが山ほどあったのに、なぜか黙ってしまった。口をひらいても、何も声が出せない。のどが膜をはったようにふさがって、つばがたまって、おぼれそうになった。

 若者は茶色の目であたしを見守っていた。

「あ……あ……」とあたしはすごいバカなひとみたいにうめいていた。

「兄貴に、聞きたいことがあった?」彼が表情を変えずに言った。

 ちがうのだった、あたしはあいつに聞きたいことなんかない。ただ、裏切られて捨てられた気分だった。生きていたのなら、どうしてあたしをあのとき追ってこなかったの。七年ものあいだあたしが消えていたのに、ただの、一秒も、思い出してはくれなかったの。あたしが子供できないっていう理由で田舎もんにいじめられていたとき、妹がぶじょくされてること、なんとも思わなかったの。あげく、あのとき本当は別な家の床下でとっくの昔に死んでいたなんて……。あたしがうらめしかったくせに、あたしをもう一度なぐろうと思ってたくせに、ケーサツよばれちゃうくらいの大声であたしを責めてたくせに、どうして、あたしを放ってぜんぜん別な事件に巻きこまれやがってくたばったのよ。

「ごめんなさい。立ち入ったことを聞いて……」若者が急にあやまったので、あたしは自分が泣いていたことに気付いた。彼は立ちあがって、何度もていねいにあやまった。あたしは、逆に申しわけなくなって、それはいいから、行かないでほしいって頼んだ。

「ごめんね、あたしこそ、あのね、だってあたし、というか君、こんなおばさんの泣き言きくのいやだろうけど、」

「あなたはおばさんじゃないですよ」若者は不意打ちをくらったように笑い出した。「僕と変わらないでしょ」

「そういうことにしとくけど」

「あなたって変わってますね」若者はもう一回笑って、「僕は、医者の家に生まれたんですよ」と言った。

 それから、彼は長く長く話した。彼は話が上手だった。どんなことでも正しい言葉を選んで、適した組み合わせで、順序良く話した。かしこくて、インテリな育ちなのだなとあたしは思った。消灯の時間になると、彼はあっさりときりあげて、また明日続きを話しますよと言った。あたしは、そうして二日間にわけて彼の話を全部きいた。彼の話はすごく不思議で、そしてまったくタメにならなかった。彼はあたしの人生を変えなかったし、すぐに去ってしまったし、ひなん生活はそれから二年続いて、あたしはもっと不幸になった。この国はもう終わってしまうんだ、何もかもたそがれのときなんだ、とみんなが言っていた。解決できない深い問題に、あたしたちは全員、のまれてしずんでいった。

 ただ、あたしはこの若者と出会ったことと、彼の話した物語を、いつまでも忘れなかった。嵐の吹く窓辺で、つづきはまた明日と言ったときの微笑みと、そのときあたしがどんなにみじめで、そしてわくわくして、目がうるんで、完ぺきに安らいでいたか、あたしは何度でも、何年後にでも、思い出すことができた。

※ ※ ※

 僕の父は医師でした。父はいつも医者ではなく、医師と言いなさいと言ってました。父はとても厳格な、昔かたぎのインテリで、とりわけ言葉づかいにうるさい人でした。例えば、夕食の団欒の席で僕が母にドラマの筋を話そうとして、「さいしょに出てきた女は」と言いかけたら、ぴん、と僕の手の甲を打って、「はじめに登場した女の人は」とその場で言い直させたりしました。そんなですから、僕は子供の頃、一日中父から言葉を直され続けていたし、母もしょっちゅう直されました。しまいには僕と母はそんな父にうんざりして、陰で共犯関係を結ぶようになりました。父のいないときを見計らって、お笑いのビデオを借りて観たり、アクション映画を観に行ったりしました。人物たちが乱暴で下品な言葉づかいで喋っているというだけで、僕たちは嬉しくて痛快だったのです。

 僕は漫画や、ドラマや、小説に夢中になり、十歳になるくらいには、即興で小話みたいなものを作って友だちや母に語り聞かせていました。

 僕の話は、普通の子供が思いつきで話すつまらないものとは違っていました。自分で言うのも気が引けますが、子供の僕は聞き手を飽きさせず、思いもよらないオチで綺麗に締めくくるための工夫を、心得ていました。けれども、父はあまりいい顔をしませんでした。創造的なのは結構だが、嘘の話で人を操ろうとするのは良くない、と言いました。僕も、物語を話しているときに言葉づかいのことで腰を折られると嫌なので、父には絶対にこの特技を披露しませんでした。

 十二歳のときに、僕は小話では飽き足らなくなって、映画の制作を始めました。まず、ストーリーを作って、それに沿って脚本を書き、友だちを集めてキャスティングし、近所の公園をロケハンして、衣装や道具も苦労して揃えました。キャストであるはずの友人たちが、監督の僕に従わず好き勝手に手を出すので、何もかもぐだぐだで完成しませんでしたけど、非常にわくわくする日々でした。

 その後、この未完の映画のストーリーが発端となった、ゴッコ遊びのようなものが流行しました。クラスの男子たちは放課後を待ち切れずに外へ飛び出し、公園の遊具の一角を使ってアクション映画の一場面の再現劇を演じました。毎日、何度も何度も行なう中で、少しずつ筋書きが練られ、配役がハマって、美しい殺陣が組まれました。二ヶ月後、過熱したこの「演劇」は、参加者の一人が大怪我をしたことによって唐突に終わりました。

 僕は両親とともに学校に呼び出されて、現場の「監督」として何をしでかしたのか説明を求められました。そして、十二歳の僕は、自分がクラスメイトを指揮してどんな「遊び」を行なっていたのか、上手く説明することができませんでした。僕は主役の子に手すりから飛び降りるように言い、その結果、彼は手術が必要なほどの骨折をしたのですが、なぜそんな危険な指示をしたのか、その子はなぜ従ったのか、どういう目的があったのか、「劇」の本質を理解していない大人たちには分かるはずのないことです。とりわけ、僕は「どういう目的で」という質問に対して、現実の目的である「物語の演出のため」という説明と、物語の内側における目的である「主人公が仲間を救って脱出するため」という説明を、完全に混同して話してしまいました。頭の中では、それらはきちんと区分されていたのですが、言葉に出して大人に説明できるだけの知恵がなかったのです。

 学校での尋問が終わり、父と母と三人で帰宅すると、改めて父からの尋問が行なわれました。父は僕をこてんぱんに言い負かしました。僕の、創作者としてのこれまでの業績を全否定し、僕のちっぽけなプライドを、これ以上は無理というくらいに叩き潰しました。僕は父の前で、二度と作り話をもてあそばず、関わらず、読んだり観たりもしない、と誓わされました。父は徹底していて、本当に翌日、家にあったテレビと、ビデオと、本を全て処分しました。以来、僕は実家でテレビを観たことは一度もありません。

 うちひしがれてしまった僕に、母は言いました。こんなことはなんでもないのよ、と。今のあなたにはお父さんが神のように思えても、いつかはこんなことをしたお父さんの弱みが分かるようになって、気にしなくなるのよ。それに、たとえ本当の神様が同じことをしたところで、物語るひとから物語を奪うことは、絶対にできないのよ、と。

 母のこのときの言葉で、僕は本物として目覚めたのです。物語るひとに、僕はなろう、なれるはずだと思いました。神にも否定できない魔法の力を、自分は背負っていくのだと思いました。大袈裟な考え方でしたが、僕の心には本当によく沁みこんでくる物語、自分が魔力を持った主人公であるという物語でした。

 テレビが家から消えてから七年後、僕の母は癌で亡くなりました。父は塞ぎ込み、仕事を休んで、宗教に入りました。といっても、団体と関わっていたのは初めの数ヶ月だけ。与えられた教義に納得できず、以後は自分ひとりで教義と儀式の改良をし、没頭していました。僕はその頃、大学受験に失敗して浪人の身でした。父が壊れていくのを感じていましたが、勉強が忙しいのを言い訳に、見て見ぬふりをしていました。

 その当時、近所に有名な騒音一家があって、昼となく夜となく激しい怒鳴り声が聞こえました。いつも、若い男と女が言い争う声でした。物を投げたり壁を叩いたりする音も混じりました。いつか流血沙汰になるぞ、と父はよく呟いていました。

 怒鳴り声があまりにうるさいとき、僕はたびたび通報しました。僕としても後がないので、ここで受験勉強の邪魔をされるわけには、いかなかったのです。そのたびに、その家にお巡りさんが訪ねて注意をしましたが、効き目はさっぱりでした。

 最後に通報した日を覚えています。いつもにも増して、ただならない怒声が聞こえていました。ドシン、ドシンと重い音が響いて、振動が僕の勉強机にまで伝わってきそうでした。いつものお巡りさんが、脅しのためにサイレンを鳴らしながら駆けつけて、その家にいつもの注意をして、帰りました。それきり、すっかり静かになりました。

 それからすぐに、父が僕の勉強部屋に来ました。廊下からドアを細く開けて僕の部屋を覗き、手招きをするのです。父とまったく関わらずに暮らすようになっていた僕は、すごく珍しいことにあったような気持ちで、父に付いて行きました。

 父は無言で僕をうながし、庭に出ました。そして、裏手の土地に繋がる垣根を乗り越え、怒鳴り声のやんだ例の家の庭に侵入しました。父が、あまりにも確信を持った様子で進むので、僕もただ付いて行きました。

 庭から、掃き出し戸のガラス越しに、その家の台所が見えました。大人の男が一人、倒れており、白目をむいて血を流していました。父は寄って行ってガラス戸に手をかけましたが、内側からクロセント錠がかかっていました。僕と父はその家をぐるりと一周して侵入口を探しましたが、全てのドア、窓に鍵がかかっていました。チャイムを鳴らしても返事はなく、人の気配も感じられませんでした。

「通報しないと」と僕が言うと、父は「おれがしておくから、お前はベランダに登ってみてくれないか」と言いました。「庭側の、向かって左の部屋のガラス戸が開いていた。二階からなら入れる」

 僕は父が医師として救命処置をしようとしているのだと思い、一も二もなく庭に回り、ベランダへの柱をよじ登りました。

 もう長いこと、木登りなどしていなかった僕は、手汗をかき、まめを作り、あざを作りながら必死で登りました。五分ほどで登れたはずですが、何時間も無駄にした気がしました。

 ベランダから寝室に入り、階段を探して駆け下りました。下りたところに玄関があって、そこで、若い女性が這いつくばって泣いていました。僕は慌てて女性の傍にかがみこみ、大丈夫ですか、どうしたんですか、と声を掛けました。しかし、彼女は一定のリズムで途切れなくすすり泣いていて、僕の存在に全く気付かないようでした。たぶん、長いこと泣きすぎてトランス状態になり、ほとんど意識を失っていたのでしょう。怪我がないようなので僕はそこをすぐ離れて、台所へ行きました。

 倒れている男の体を跨いで庭に出るガラス戸を開けると、父がすぐ飛び込んできて男を引きずり出しました。一刻も早く処置をしなければ、という気持ちで焦り過ぎていた僕は、父に言われるままに男の足を持ち、父と二人でその体を運び出しながら、どこへ向かっているのかまるで考えませんでした。父はその体を僕たちの家の居間に運び込んで寝かせると、「ちょっとコーヒーでも買ってきてくれ」と言って僕に財布を渡しました。父が男の命を救おうというそぶりを見せていないことに僕が気付いたのは、コンビニへの道のりを半分以上走った後でした。僕は、なんだか訳が分からなくなって、結局コンビニへ行き、コーヒーを買い、家へ戻りました。よく考えたら、僕たちが運び出した男はもう、完全に死亡していました。動かす意味がないし、理由も分かりません。あの玄関の女性はどうなるのでしょうか。

 僕が息を切らせて家に戻ると、父が……何か、血を使った儀式をしていました。僕は、家に充満する血の臭いに、ぐっと吐き気が込み上げて、回れ右して飛び出してしまいました。道端で激しく嘔吐して、それから何時間も外を彷徨いました。

 男が、というか、男の死体がどうなったか、僕は考えるのが怖くて、考えるのをやめました。真夜中にふらふらになって帰宅すると、家はもう、嘘のように元通りで、何の痕跡もありませんでした。僕は父に、返し忘れていた財布を返しました。父はいつも通り、静かな、落ち込んだ様子の父に戻っていて、何も説明しませんでした。

 僕は翌年大学に入学し、実家を出ました。

 僕の父は医師でした。人の体や、血や、肉を扱うことが専門でした。その手際と知識だけは、父が病んで自分を失ってしまった後でも、しっかりと残っていました。僕は実家を出るまでの数ヶ月、その家の中で血の臭いや肉の腐る気配や何かしらの普通でない兆候を、ほんの少しも感じませんでした。あれは悪い夢だったのだ、僕の頭に現れた妄想だったのだと、心から信じ込むことができました。敷地のどこかに男の骨が存在していることを、理屈では知っていましたが、僕の人生という物語の中からわざと拭い去ることができました。

 僕が唯一、いつまでも長く悩み続けたのは、あの日玄関ですすり泣いていた女性のことでした。突然死んで消えてしまった家族を、おそらく死んだかどうかも知らず、なぜ消えたのかも分からず、その先の一生を生きていかなければならない彼女が不憫でした。しかも、彼女自身がその後すぐ行方知れずになって、いったいどうなったのか、僕はただ胸を痛めて想像するしかなかったのです。

 これは僕の見た夢です。あなたの身の上話を聞きながら、僕が作り出した物語です。あなたはこれまでの、不幸でいっぱいな人生に、不要な飾りが多すぎて、溢れかえっているせいで辛いと思っていたでしょう。けれど、物語る人である僕に言わせれば、あなたの人生には、物語が欠けていたのだと思います。僕が、この話を語ることに決めたのは、あなたにこう言いたかったからです。あなたのお兄さんは最期まであなたの人生の内側で生き、その命はあなた一人の前に投げ出されたのだと。その七年後に別な場所で見つかった骨と、そのせいで生じた警察の捜査上の混乱は、僕の物語だったのです。そう考えることにしませんか。あなたの人生の外側にこぼれてしまった、お兄さんの死体を、僕がさらっていきましょう。ただ、物語をひとつ、足すだけのことですよ。

(了)

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