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宙(そら)が遣わす船に乗り 十七

by 森戸 麻子

エピローグ

 終わりが近づく世界の空は、夕焼け空にも似て美しかった。

 銀色の雲はところどころが透き通るような紫色に変わり、沸騰する液体のように絶え間なく蠢いている。ときどき、大きな泡が現われては、そこに稲妻に似た光が走り、薄氷を割るような音を奏でた。

 私は海岸の道を逸れ、階段状に固められたコンクリートの岸壁を、砂浜に向かって降りていく。寂れた小さな浜には、重たい色の波が打ち寄せている。風はない。

 彼女がそこにいたので、私は自分の選択が間違っていなかったとわかった。ミトンはこちらを振り向き、驚いた顔をしながら「リッチー」と言った。

「『センター』に行ってきたよ」と、私は言った。

 ミトンは無言で、多くのことを聞きたそうな目でこちらを見返した。

「ミトンさんと連絡取れなくなっちゃったから。あのときミトンさんが、あの殺人犯の奴に『センター』のことを言ってたの思い出して……もしかしたらと思って、私もセンターに行ってみた。なんかごちゃごちゃ言われたけど、時間軸を選ばせてもらえた」

「どうして……」ミトンは深い悲しみの中に別な感情がわずかに入り混じったような表情になった。「終わる未来を選んだの? なぜ……」

「だって、ミトンさんがここにしかいなかった。他の、終わらないほうの未来には、見当たらなかったから」

「何を……」ミトンは私の腕を掴んだ。「どうしてそんなことをしたの? 世界が終わるって、意味がわかってる? 何年もかけて、この世界で起きることはだんだんぐちゃぐちゃになって、因果の辻褄が合わなくなって私たちは破滅する。苦しんで死ぬんだよ? 何年もかけて。一瞬じゃない。長い時間、途方もない苦痛を味わうんだよ? わかってるの? なぜこんなことを」

 そんなこと言ったって、彼女だってそれを知っててこちらを選んだんだろう。だからこそ、この時間軸にしかいなかったんだろうに。

 そう思ったら私は笑ってしまった。

「何を笑ってるの?」ミトンは泣きそうな顔になった。「意味がわかってるの? 私たちがこれからどうなるかわかってる? 選び直して……過去に、戻してもらって、もう一度分岐点に」

「そんなことしないよ。できないし」それに、何度選び直しても同じだ。「あなたも同じでしょう。どんな選択をしたのか、私は知らないけど」

「リッチー……私はリッチーの……」ミトンは何かを言いかけたが、その先を飲み込むように黙った。

「ねえ」私はミトンの、冷たい手を取った。沖を見る。禍々しく不安な重たい空が、暗い色の水平線と接している。「まだ何年もあるよ。これからまだたくさんのことができるし、きっと嫌なことばかりではないし、もしかしたら派手なお祭り騒ぎが始まるのかもしれないよ。私たちで終わりを見届けよう。きっとまた、いい作品が創れるよ」

「何を言ってるかわかってるの?」ミトンはもう一度言った。「痛みとか、苦しさとかって、どんなものだかわかってる? 死ぬとわかっている未来を選ぶってどういうことだかわかってる? そのときになったら絶対に後悔するよ。後悔してから、まだ何年も苦しまなきゃいけない」

「大丈夫。大丈夫だよ……」

 ミトンが深刻になればなるほど、私はなぜか、笑えてきてしまった。

 わかっている。私はきっと後悔する。本当の苦痛に直面したとき、死ぬほど後悔し、この未来を選んだ自分自身を呪うだろう。今、笑っていられるのは、先のことが見えていないからで、わかっていると言いながら本当はわかっていないからで、未来が本当に一片の可能性もなく途絶え、自分が苦痛からも死からも逃れられないと知ったとき、泣いて嫌がるのだろう。だって私は、そこまで強靭な人間ではないから。

 それでも私は未来を選び直さない。ミトンだってそうだろう。私たちが選んだのは死に方ではなく、生き方なのだから。

「駅前に行ってみない?」私はミトンを促して、コンクリートの階段を登る。「まだ何年もかかるんなら、街にもたくさん人がいるでしょう。様子を見てみたくない? みんなまだ家にこもってるのかな?」

「うーん……」ミトンは曖昧な返事をし、少しの間、立ち止まっていた。「リッチーって、変わってるね」と、ミトンは言った。「何というか、すごくマイペースですねえ」

「そう? ミトンさんには負けるけど」

「どうかなあ」

 彼女の顔に、少しだけ笑みが浮かんだ。それから彼女も、私に並んで階段を登りだした。

(了)

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